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スナック・ママとバーテン見習いボクの同棲生活

オリジナル小説です。

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第9章 -04

2013.07.12 (Fri)
英理子さんは地下鉄東西線の南砂町に住んでいるので、待ち合わせは12時に高田馬場の予定だったが、早稲田に変更してもらった。

高校を卒業して20歳までの2年間毎日通っていた早稲田の周辺を16年ぶりに見てみたいと思ったからだ。
出口がひとつしかない西船橋寄りの改札口に約束の5分遅れで現れた英理子さんはジーンズにピンクのTシャツ姿だった。

「ショウくん、お待たせ」

「ボクも今来たところだよ」

本当は1時間前に着いていた。

個室ビデオ店は12時間コースなので、午前11時までは居られたが狭い個室の閉塞感が嫌になって午前10時前に店を出た。

駅前のハンバーガーショップでモーニングセットを食べて、山手線で高田馬場に出て、地下鉄でひと駅のこの場所に来るまで30分もかからなかった。

西船橋寄りの出口を地上に出ると左側に当時は喫茶店があったのだが、無くなっていた。

「モンエテ」という名前の喫茶店は日本語が上手な東南アジア人のママさんが切り盛りしている店であった。
昼にはその店でピラフとアイスコーヒーのランチセットを食べたものだ。

早稲田通りから路地を入って、昔働いていた印刷ブローカーの会社があった場所に行ってみた。
当時のビルは無く、その一角はマンションになっていた。

〈十六年も経てば街も変わるもんだなぁ〉と思いながら待ち合わせ場所の改札へ戻ったのであった。

地下から地上に出る階段を上っている時に、英理子さんがボクに腕を絡めてきた。

「震災凄かったねぇ。わたしなんか一人でマンションの掃除していたから凄い揺れで怖かった。エレベーターは動かないし。八階よ。八階から階段で降りるの大変だったんだから。ショウくんのお店は大丈夫だったの? ボトルとかグラスとか割れたりしなかった」

「うん。カウンターに並べてあったグラスが落ちて割れただけ。お酒のボトルとかは無事だったよ」

震災から5ヶ月も経つが、その間に会わなかった人と久しぶりに会えば今でもこの話題になる。

「ショウくんの働いているお店はお酒とかいっぱい置いてると思ったから、後片付けが大変だったのじゃないかと思ってた」

彼女にはバーテン見習いとしてバーで働いていることになっている。

地上に出て早稲田通りを右、つまり高田馬場方面に向かって歩いた。
早稲田大学の学生が乗降するのは主にこちらだ。
交差点の周辺も西船橋寄りの出口と比べて店が多い。

早稲田通りを渡ったはす向かいに「祭」という小さな立ち食いそば屋があったのだが、こちらも建物自体が別の建物に立替られているようだ。

500円の大盛りコロッケそばや大盛り冷やしたぬきうどんを食べた記憶がある。
大盛りは洗面器みたいな馬鹿でかい丼ぶりに2玉分のそばが入っていた。
それにしても、なぜ店の名前が「祭」だったのだろうか?

「ショウくん。どこまで歩くの?」

早稲田中学高等学校の門を通り過ぎたところで、英理子さんがボクに絡めた腕を揺すって聞いてきた。

「もうすぐだから、ほら……その先の店」

若干ではあるが早稲田通りが右にゆるくカーブしているのと、手前のビルより一間ほど奥まって建っている為に、突如目の前に現れた印象を受ける白いビルの1階にその店は今も健在だった。

「キッチンオトボケ」

英理子さんが声に出して店の看板を読み上げクスリと笑った。
自分が笑った事がおかしくて声に出して笑い出した。

「アハハハハ」

彼女の八重歯が全開で見えた。

彼女は大笑いしているが、ボクはここに来るまで、この店が残っているか不安であった。
今朝の段階では真剣に「モンエテ」で食事をするか「キッチンオトボケ」で食事をするか迷っていたのである。

〈喫茶店の軽食じゃ腹持ちが悪いが、食後にのんびりと店内でおしゃべりをすることができる。キッチンオトボケなら間違いなく腹は満たされるはずだが、食べたらさっさと店を出なければならない。果たしてどちらを選ぶべきか?〉

そんなことを思案しながら西船橋寄りの出口を地上に出ると、選択肢のひとつが存在しないことを知った。
ここまできてもうひとつの選択肢である「キッチンオトボケ」までもが姿を消していたら……。と思うと不安だった。
いや、不安というより自分の思い出の場所が失われている事実を目の当たりにしたくないと思っていたのかも知れない。

店の前で突っ立ているボクたち2人の横を通り過ぎて次から次と客が入り口の券売機で食券を買って、店の中に入って行く。

バミューダパンツにポロシャツ姿の学生たちもいれば、寅壱の作業着にねじりはちまきの職人もドヤドヤとやって来る。

人が途切れたのを見計らってボクたちも券売機の前で食券を買った。
ボクは迷うことなくカツカレーにした。
彼女は少し迷っていたが、後ろに人の列が出来るとチキンカツのボタンを押した。

「イラッシャイマセ~。オミズワSelf serviceトナッテマ、スゥ」

昔は年配のおばちゃん数名で配膳をしていたと記憶しているが、今は東南アジアの女性たちが店の中を切り盛りしていた。カツカレーは六○○円、チキンカツ定食は五○○円だ。流石は学生街だ。

きっと初めて来た人は安さに驚いていると注文した料理が運ばれてきて、そのボリュームにまた驚くことになるだろう。

カツカレーはアルマイトの皿にたっぷり盛られたライスの上に揚げたてのカツを乗せ、白いライスが見えないほどにたっぷりとカレールーが掛けられている。
銀色の皿のふちからルーが今にもこぼれそうだ。

「ショウく~ん……。こんなに沢山食べられないかも」

英理子さんは運ばれてきたチキンカツを前に箸を付ける前から敗北宣言だ。
キャベツの千切りを敷いた上に子供の拳ぐらいのチキンカツが2個乗っている。
それとみそ汁に丼ぶりに盛られたライスだ。
この店で大盛りでも頼もうものなら丼ぶりに山盛りのライスが出てくる。

ボクはカレールーがたっぷりかかったカツを箸でとり口に入れた。
熱い。
揚げたてだから気をつけないと舌を火傷する。

カツを退かした下に白いライスが見えた。
スプーンでライスとルーをすくって食べた。
少し粉っぽいがシンプルなカレーの味がした。

取り立てて絶賛するほどの味ではないが、安さとボリュームがありがたい。
16年前にこの界隈で働いていた頃を思い出しながらカツカレーを胃袋に放り込んだ。

英理子さんは子供の拳大のチキンカツをひとつと丼ぶりのライスを半分食べて箸を置いた。

「もう無理。お腹一杯で食べられない」

「女性には多い量だよね。残して出よう」

ボクたちは店を出て早稲田通りを右に曲がり、早稲田キャンパスの方へ向かって歩いた。
しばらく行くと大隈講堂が見えてくる。

早稲田キャンパスを突っ切ってそのまま進むと新目白通りに出た。

「あ、路面電車だ」

英理子さんが左側を指差して言った。
新目白通りの中央分離帯部分を走る都電荒川線の早稲田駅だ。

「ショウくん、乗ろうよ」

「うん。そのつもりだよ」

ボクたちは都電荒川線に乗った。
早稲田駅は始発駅なのでボクたちは座れた。

「面影橋から天満橋♪ 天満橋から~♪」

電車が走り出すと英理子さんが歌い出した。

「何、その歌?」

「知らないの? 『面影橋』。だって次の駅は面影橋でしょ」

「そんな歌あるの?」

「吉田拓郎が歌ってたの。でも吉田拓郎が作った歌じゃないかも知れないけど……」

吉田拓郎なんて名前を聞いてボクはジェネレーションギャップを感じた。
彼女が青春時代に見てきたものをボクは知らない。

まだまだボクが知らない彼女の青春時代があるのかも知れないが、ベッドで抱き合えばそんな会話をする必要もないのだ。

大塚駅で下車したボクたちはラブホテルにチェックインして久しぶりに互いの身体を求め合った。
(第10章へつづく)


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