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スナック・ママとバーテン見習いボクの同棲生活

オリジナル小説です。

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第6章 -03

2013.07.01 (Mon)
ラーメンを食べ終えたボクは東急ハンズへ向かった。
なかなか来ないエレベーターを待って6階のステーショナリー売り場へ自然と足が向いていた。
この店はボクの担当ではなかったが店頭での陳列や他社の新商品をリサーチする目的で度々訪れたことがある。

当時働いていた会社の商品が今も店頭で売られ続けているのを確認してボクは懐かしい気持ちになると共に少し複雑な思いになった。

恭子さんと連絡が取れなくなった後。
もっと言えば、ボクの不注意で昔から世話になっていた印刷工場の社長に迷惑をかけた後もボクは四谷の若葉にある小物雑貨を企画・製造販売するメーカーで働き続けた。

携帯電話とパソコンの普及は凄まじいもので、携帯ストラップやマウスパッドなどの小物が飛ぶように売れている時代であった。
ちょっとしたデザインの工夫やパッケージの見せ方で売れ行きに雲泥の差を生むことも小売店での地回りをしているボクは何度も目の当たりにしてきた。

そこで知り合いのイラストレーターにユーモラスなキャラクターを書いてもらい、それを携帯ストラップやマウスパッドに刷り込む企画を会社に提出した。

その企画が通り製品化したところ爆発的に大ヒットし、製造が追いつかない程の勢いで売れる商品になった。

雑誌などからも取材が殺到し、売れ行きに拍車をかけた。

気がつけば累計販売個数が300万個を超え、卸売り価格でも億の単位の売上になる大ヒットになった。
社内でも上司や同僚からは一目置かれる存在になったが、ボクの給与が格段に上がることもなく賞与で色が付くとか社長から特別に寸志がある訳でもなかった。

考えてみれば創業20年を迎えよとする会社で創業時のスタッフが社長しかいない会社である。
ここまでの道のりの中で功労者は少なからずもいたはずだろうに誰も残っていない会社なのである。

僅か20名足らずの従業員で回していることからも、強かに会社を運営している経営者の姿を見た気がした。
きっと多くの功労者が屍として去っていたのだろう。

ここにも自分の自己実現する場所はないと感じた。
ボクが企画した大ヒット商品の売れ行きが収束するとともにボクもこの会社を辞めた。
(第7章へつづく)


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