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スナック・ママとバーテン見習いボクの同棲生活

オリジナル小説です。

第3章 の記事一覧

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第3章 -04

2013.06.22 (Sat)
月が明けた翌日。
店の開店準備をしていると昨日司さんが乗り込んだ黒いレクサスの運転席にいた若い組員と20歳になるかならないかのまだ幼さが残る青年が入ってきた。

「いつものことだけど、昨日若頭が入れたボトルと氷に…。ジンジャエールでいいのか?」

若い組員がくわえたタバコに火を点けながら、まだ幼さが残る青年に聞いた。

「自分ロックで大丈夫っス」

「本当か? 酔ってクルマの中で吐いたりしたら承知しねぇからなぁ」

「はい、大丈夫っス」

「よし。わかった。バーテンさんロックグラスをこいつに出してやってよ。俺はクルマだからコーラね」

毎月晦日にヤクザの司さんが来た翌日には、若い組員が来て司さんの入れたボトルを空けにくる。
前日の司さんと同様に開店前の早い時間にだ。
一般の客と鉢合わせしない為の配慮なのだろう。

幼さが残る青年はアイスペールから氷をロックグラスに放り込み焼酎を注ぎ一気に飲み干した。
ハーッと息を吐くと空いたグラスに焼酎を注ぎ立て続けに二杯目を煽った。
四杯目を一気に飲もうとして途中で咽た。

「おい。タツヤ無理すんなよ」

「大丈夫っス」

赤鬼の様に顔を赤く染めた青年が言った。

かなりアルコールが回っていることが容易に想像できた。
ボクは急いでグラスに氷水を作ってチェイサーを出した。

「もういいよ。バーテンさんお愛想して、あと残ったボトルは店で使ってよ。来月若頭が来たときにボトルが残っていると怒られるの俺たちだからさぁ」

ボクは頷いてお釣りと領収書を差し出すと、それを受け取った若い組員は酔って意識の朦朧とした青年を抱えて出て行った。

こうしてヤクザの司さんが入れた焼酎のボトルはお客が注文したレモンサワーやウーロンハイで使わせていただいている。
その焼酎のボトルが空になったのは常連の杉本部長さんが注文した3杯目のレモンサワーを出した金曜日であった。

杉本部長さんは足立区内に本社のある食品関連の会社の営業部長で見た目は50代と思われる。
小太りで頭髪は薄く、少ない髪の毛を右から左になでつけたいわゆるバーコードヘアで、薄くなった頭とは対照的に黒々としたまゆ毛は太く一文字に伸びている。

カウンターを挟んで留美ちゃんとこの界隈の飲食店ではどこが旨いかといった話題で盛り上がっていた。

「餃子だったら福龍が一番旨いだろう」

「私もお店終わって時々寄るんだけど、必ず餃子注文するよ。あのお店の餃子は美味しいよね」

「皮の焦げ目がバリッとして、中がジューシーでビールと合うんだよなぁ」

「わぁー、こんな話していたら食べたくなっちゃった」

福龍はママの店から歩いて5分ほどの場所にあるラーメン屋だ。
中国人と思われる年配の男が1人で店を切り盛りしている。
深夜3時まで営業しているので、ボクも店が終わったあとにママと何度か食事に行ったことがある。

杉本部長がワイシャツを捲くった毛むくじゃらの腕に巻きつけた時計をチラリと見た。

時刻は2時5分だ。

あらかた客は帰ったあとで、今はカウンターの杉本部長とボックス席に町内会青年部の3名をママがお相手している。

青年部と言っても全員が40代後半から50代のおっさんだ。

明日香さんは12時で上がる約束なので、カウンターの客が途切れたところで上がっている。

ボクがグラスや灰皿を洗っていると、杉本部長が留美ちゃんに何か目で合図をするのが視界の隅に見えた。
1メートルほど離れたボクの横に並んで立っている留美ちゃんがどんな反応を返したかは確認できなかったが、うなづいたのだろうか。

3杯目のレモンサワーを飲み干した杉本部長が言った。

「バーテンさんおあいそしてよ」

「はい、いつもありがとうございます」

ボクは洗い物の手を止めて、杉本部長の会計をした。

「じゃあ、ご馳走さん。ママまた来るからね」

「部長さんいつもありがとうございます」

テーブル席から立ち上がってママはドアの外まで杉本部長をお見送りした。
ママの後ろで杉本部長に手を振っていた留美ちゃんはドアが閉まるとポーチをもってトイレに消えた。
化粧を直して杉本部長と待ち合わせの中華料理店・福龍に向かうのだろう。

脂っこい餃子を食べてビールを飲むのになぜ化粧直しが必要なのだろうか。
きっとその後は杉本部長とラブホテルでセックスをしてお小遣いをもらうのだろう。

化粧室から出てきた留美ちゃんは「お先に失礼します」とボックス席の町内会青年部3人組のお客とママに向かってあいさつし店を出て行った。

店で働くコンパニオンが店を出た後に客と何をしようがボクには関係のないことだが、留美ちゃんが小太りでバーコードヘアにゲジゲジ眉毛の脂ぎった中年男に抱かれることを想像すると性的興奮を覚えた。

留美ちゃんに対してボクはまったく興味はない。
どうも年下ってのはダメなのだ。

自分はマザコンではないと思うが、恋愛や性の対象としては年上を好む傾向がある。
それは精神的な支えを女性に求めているからかも知れない。

ボックス席の町内会青年部3人組が帰り、店を閉めるとママが言った。

「久しぶりに福龍でラーメンと餃子でも食べる?」

「え、今日はあまりお腹空いてないし、餃子とか脂っこいものはちょっと。それにもうすぐ3時だから福龍も終わりの時間だよ」

ボックス席で客の相手をしていたママが杉本部長と留美ちゃんの会話を聞いていたとは思えないが、何と言うタイミングだろう……。

留美ちゃんが上がって30分以上は経つが、福龍の前で留美ちゃんと杉本部長が店を出てくるところにボクとママが鉢合わせしないとも限らない。

「そう。じゃあまっすぐ帰って早くお風呂入ってビールでも飲みましょう」

「うん。そうだね」

また留美ちゃんがバーコードヘアにゲジゲジ眉毛の脂ぎった杉本部長とベッドで絡むシーンを想像してしまい、一旦は治まった性的興奮が再び湧き上がってきた。

ママのマンションに帰ってからボクは風呂場でママと繋がった。
(第4章へつづく)


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第3章 -03

2013.06.21 (Fri)
店の開店準備をしていると仕立てのいいグレーのスーツに身を包み赤い花柄の派手なネクタイをぶら下げた中年の男性が入ってきた。

ヤクザの司さんだ。

毎月晦日の早い時間に必ず彼は来店する。
この日ばかりはママも開店時間前から店に出勤してくる。

司さんは新しい焼酎のボトルを注文してソーダで割ったチュウハイを舐めながらママに話しかける。

「ママ、景気はどうなの?」

「ちっとも良くならないわねぇ」

「何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るからよぉ」

相談に乗るとはどういう意味なのだろうか?

揉め事だったら俺に任せろ出張ってカタをつけてやると言う意味なのだろうか。
それとも金に困ったらいつでも都合してやるという意味なのだろうか。

どちらにしてもヤクザを頼ってもロクなことはないことを百も承知のママはいつも軽く受け流す。

「はいはい、いつもお気遣いありがとうございます」

「あとさぁ、タチの悪い客とか居たら連絡してくたらすぐに若い者よこすから」

「大丈夫ですよ。ウチは常連さんばかりですから」

司さんは納得したように微笑んで頷きながら、財布から一万円札を取り出だすと席を立った。

ボクが慌てて会計をしようとすると。

「釣りはいいから。バーテンさんの小遣いに取っときな」

そう言うと司さんは店の前に止めた黒いレクサスの後部座席に乗り込み、若い組員がアクセルを踏み込み走り去った。

俗に言う“みかじめ料”などの取立ては一切ない。
司さんの組にはおしぼりを納入する業者や店内に飾る生花の業者からキックバックが入っているのだろう。


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第3章 -02

2013.06.20 (Thu)
印刷ブローカーの会社を辞めて次の仕事を探そうとしたが、求人誌で目に止まるのは印刷関連の営業職ばかりであることに気づいて自分でも驚いた。
たった2年だけ関わった仕事なのに無意識にまた同じ仕事をしようとしているのか?
いや、少しでも経験を活かせる仕事に就こうとしている自分がいた。

トップを争うまでの営業成績を残した自負はあったが、果たしてどこで使われているのか見たこともない印刷物の為に毎日終電まで働き、時には徹夜まですることに何の意味があるのか疑問に思い始めてもいた。

「ボクの自己実現って何だろう?」

社会人として会社に正社員として勤めることが重要であり、そこで出世すれば自己実現が出来るのではないかと思っていたが、果たしてそうなのだろうか?

経理担当者が横領して会社が傾き、給与が遅延する会社で自己実現が出来るのだろうか?

2年間で染み付いた印刷ブローカーの営業職という垢を落とす意味でも、社会人とか正社員という枠から外れた身分で過ごしてみようと思いアルバイトを探すことにした。

日曜日の新聞折込求人チラシで町田の自宅から自転車で通える距離にある工場のアルバイト募集を見つけた。

面接に行ってみると馬鹿でかい白い鉄筋コンクリートの建物だった。
大手電機メーカーの系列会社。そこは医療検査機器の組み立て工場だった。

採用されたボクには作業服と安全靴が支給された。
配属された第二製造部は超音波診断装置の組み立て部署で電源部分を手順書に従って組み立てる仕事であった。

朝8時半に始業のベルが鳴り、所属係長の簡単な朝礼の後に組立作業に入る。

基盤に電子部品を圧着する隣の部署からは「チュッ。チュッ。チュッ」いう音とコンプレッサーのブーンという唸り音が鳴り響く。

10時15分にチャイムが鳴るとその音が一斉に止まり十五分間の休憩に入る。

タバコを吸う者は喫煙所に集まり雑談をしながら一服する。

ボクのようなアルバイト採用の若い者もいれば、若くても正社員採用の者もいる。
妻帯者と思われる中年の正社員や頭髪に白髪が目立つ年配の正社員もみな同じ工場で医療検査機器の組み立てを行っていた。

給与は皆それぞれ違うのだろうが、行う作業は一緒だ。これが大企業の終身雇用制度であり、年功序列の社会なのだと思った。

昼には工場内の社員食堂で食事をした。
支払いは渡された社員証をレジに通すだけのキャッシュレスで、給与から差し引かれる仕組みだ。
料金も市街の飲食店と比べ格段に安かった。
従業員の福利厚生として一部を会社が負担しているからだそうだ。

午後は3時にチャイムが鳴りまた15分間の休憩に入る。
工場といっても空調の効いた構内は暑くもなく寒くもなく快適だった。
CTスキャナーやMRIなど大型の検査機器の組み立ては油圧式ジャッキや天井からぶらさがったクレーンで持ち上げるので重いものを担ぐわけでもないので汗はあまりかかない。

ある日、終業を知らせる五時のベルが鳴ったあとに構内で働く従業員の全員が社員食堂に集められた。

第3製造部の課長がマイクで言った。

「○○さんが本日で定年退職を迎えることになりました」

マイクを渡された年配の男性が全員に一礼し話し始めた。

「昭和40年△△電機に入社いたしまして、当時は計測機器の設計部に配属され、昭和62年にこちらに転籍になり通算三十五年間勤務させていただきました…」

従業員の拍手と花束を受け取って年配の男性が定年で退職した。

学校では6年とか3年とか大学なら4年とかで卒業があるが、社会に出てはじめて“定年”という会社からの卒業の瞬間をボクは見た。

アルバイトの身分の自分には関係ないと思っていたら、第2製造部の課長から社員にならないかと誘いがあった。

皆から拍手され花束を受け取り定年退職する35年後の自分の姿を想像してみた。

それまで年功序列で給与は徐々に上がるのかも知れないが、定年まで同じ組み立て作業をするのは自分には耐えられないと思った。
気づけば1年半も続けていた工場のアルバイトだが、このまま正社員になって同じ作業を続けても意味が無いと思い辞めた。


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第3章 -01

2013.06.19 (Wed)
バブル経済が崩壊した1991年。
当時ボクはまだ高校生だったのでバブル景気がどんなものだったかのよくは知らないし、バブルが崩壊してもボクの高校生活には何の支障もなかった。

日経平均株価が38,915円をピークに急落し、不動産が大幅に下落したニュースをテレビで見た覚えがあるが高校生だったボクにはあまり実感として記憶に残るものはない。

偏差値が平均よりちょっと下の……つまり、中の下ぐらいの都立高校を卒業して新宿区早稲田にある印刷会社に営業職で就職した。
印刷会社といっても印刷機械を置いてあるわけではなく、印刷の仕事を受注して印刷工場に外注する印刷ブローカーの会社だ。

社長を含め10人ほどの会社で営業目標という名のノルマを背負わされ朝九時から終電間際まで働かされた。

「みなさんはそれぞれに将来の夢や希望があるはずだ。ある物は将来独立して自分で事業を興したいと思い。またある物は趣味を生かして将来は生計を立てたいと思うのかも知れない。夢や希望を叶えることを自己実現と言います。しかし、今すぐに自己実現が出来るわけではありません。まずは、個人の自己実現の為には目の前にある課題をクリアしなければならない。会社が儲かることにより、みなさんの給与も上がり、それぞれの自己実現の為の原資を手にする事が出来る。つまり、個々の営業目標すら達成できない者に自己実現の道はないのだ!」

毎週末の夜には営業会議が開かれ、個人ごとの売上数字が経過報告され、月末のノルマ達成に向けて社長から激が飛ばされた。

社長は話に熱が入ると止まらなくなり、終電が過ぎても会議が終わらず、深夜二時三時まで続くこともしばしばだった。

印刷物と言っても、書店で目にする雑誌や家電量販店で売られている電化製品のカタログ、或いは駅に貼られているポスターなど誰もが目にする様な印刷物は大手印刷会社が扱う仕事で、ボクたち小さな印刷ブローカーの会社が受注できる仕事は見たこともない工業部品の取り扱い説明書や聞いたこともない専門学校の教材にパンフレット。
どこで配られているかわからないミニコミ誌などばかりであった。

それを小さなデザイン事務所や三流広告代理店から受注していた。

「目標をクリアできないのは取ってくる仕事が少ないからだ。つまり自分が担当している取引先が少なかったり、我が社との取引が休眠している取引先を放ったらかしているからである。少しでも時間があれば新規開拓や掘り起こしをして営業活動をし、もっと仕事を取らないとみなさんの営業目標は永遠に達成されません。みなさんの将来の自己実現の為にももっと頑張れ!」

今思えば自己啓発セミナーか新興宗教みたいな乗りがある会社であったと思う。
洗脳されることを嫌い辞めていく営業マンも多かったが、高校を卒業したばかりのボクは「会社とはこんなものだろう」と何の疑問も持たずに営業に励んでいた。

マスコミ電話帳やデザイン年鑑をみて片っ端から電話営業や、飛び込みの営業もやらされた。
高校時代からアルバイトに明け暮れて金を稼いでいたので、社会人になってアルバイトの頃よりも金を貰えることがうれしくて一生懸命働き、1年程で営業成績もトップを争うまでになった。

しかし、経理担当者が会社の金を横領する事件が起こり、給与が遅延し始めたので二年ほど勤めた会社を退職した。当時のボクは二十歳だった。


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